ちばあきお ジャンプコミックス 集英社

(1)プレイボールー1

 70年前後、少年漫画の世界では、いわゆるスポ根ものが席巻していた感があります。その流行?は少女漫画にも波及して、バレーボールやテニス、フィギュアスケートなどを題材にした女の子版スポ根ものが多く描かれていました。

 少年漫画のスポ根ものは、もともとは手塚治虫のライバル福田英一が描いた柔道漫画あたりが元祖かと思いますが、一気に世間一般にまで広がったのは巨人の星で、大げさな感情表現や非現実的な、しかしビジュアル的インパクトの強い魔球などプレーの技の表現が特徴的でした。キャラクター設定も分かりやすく誇張されていて、メジャー読者をつかむ勘どころをよく押さえていました。

 多数の人が感情移入しやすくするためには、やはり分かりやすさ、共感しやすさが大事なので、よくも悪くも庶民的なセンスを最大限に誇張し、シュールの域に達しながら、妙なリアリティを持たせてしまったところがスポ根ものの成功要因だったのでしょう。当時はアニメもまだ草創期といってよい日本のテレビ界でしたから、アニメ視聴者の目もまだまだよくいえば擦れておらず、素直に面白がってもらえた、というのもあるかもしれません。いまどきの目の肥えた読者や視聴者の目から見れば、アニメも漫画も技術的にあまりに稚拙に映り、失笑を買うか、あるいは逆に、その素朴さに却って面白さと安心感を見い出す少数派もいるかもしれません。

 少女漫画のスポ根ものは、テニスやバレーボール、フィギュアといった比較的ビジュアル的にソフトな見栄えのよい競技を扱い、まず女子プロレスや女相撲などは取り上げられませんでした。(笑)プレーや試合の進行を見せる部分と、監督など男性キャラとの恋愛を描く部分がほぼ半々ぐらいで扱われていたことも少女漫画の特徴です。もちろん、主人公はアイドル系の可愛い女の子で、ライバルはお嬢様で天才の美人、という風に描き分けられていました。ライバルは大抵、競技以外の恋愛でもライバル関係ということが多かったように思います。現実に当時スポーツ選手の女性だとあまりアイドル系や美人に見える人は、少なくとも漫画のようにはいなかったので、そのあたりはリアリティが薄いと(生意気にも)私は感じていました。

 少年漫画となると、おおげさな表現がますますエスカレートしていく傾向が見られました。女の子はたまに可愛い顔を見せるぐらいで、無条件に主人公に好意を持っていたりするので、どういうきっかけでそうなった、などということには関心が払われていなかったようです。ともあれ、勝負とプレーの妙味、試合の描写が大部分で、動きの大きいダイナミックな表現が少年漫画の少女漫画と比較しての特徴でした。野球は当時男の子だけの競技だったので、少年漫画の独壇場でした。柔道、剣道、レスリング、ボクシングといった格闘技系を扱う作品が多かったのも少年漫画ならではです。

 そういうシュールでパワフル、ハデなスポ根少年漫画の中にあって、ちばあきおの野球漫画のシンプルで素朴な絵柄、地味なストーリー展開には癒し効果があったのではないでしょうか。




 

 

(2)プレイボールー2

 「キャプテン」「プレイボール」は、それぞれ実に長く続いた野球もの少年漫画で、ごく普通の中学の野球部と高校の野球部を舞台にしています。ちばあきおの野球漫画を読んでまず驚いたことは、絵柄の素朴さ、そして日常の描写のリアルなことでした。

 いわゆるスポ根もの野球漫画の主流?が、たとえば「アストロ球団」のようにひたすらシュールレアリスムの領域にまで過激・ハデハデにエスカレートしていった中で、この淡々とした地味な日常としての野球を描いた漫画は却って目立ち、一服の清涼剤のような役割を果たしていました。

 漫画としてのインパクトの強さ、野球をよく知らない人が読んでも漫画として楽しめるということを目的にすれば、やはり試合や勝負のシーンを中心にして、誇張された見た目も性格も派手で分かりやすいキャラクターを配し、科学的にはあり得ないけれどもビジュアル的に楽しく目に刺激的な魔球など、とっぴょうしもない技のアイディアを考案してゆくのが効果的です。「アストロ球団」あたりはそれを極限まで徹底していたところが私は好きで感心もしてしまいましたが、自分自身野球ファンでもの心ついた頃からずっと野球をやっていた弟を身近に見ていた私には、ちばあきおの野球漫画の一見地味な日常感覚こそがリアルに親しみ深く感じられたのです。

 ほんとに野球が好きで野球部で自分で野球をやっている人にとっては、野球はお祭りのような試合やドラマでなく、淡々とした日常そのものです。毎日食事をするように、学校や会社に出かけるように、ごく自然に野球が生活の中の大きなウェイトを占めている。自分で野球をやらない大多数の人にとっては、野球といえば試合のシーンを思い浮かべるでしょうが、実際にやっている人にとって、試合は野球に費やす時間とエネルギーのうちのほんの一部にすぎません。あまりにも地道で見ている人には退屈でつまらない練習、失敗だらけの練習の時間こそが、実は野球を本当に好きでやる人の最も大切な時間であり、生活にとけこんだ日常そのものなのです。

 

 

(3)プレイボールー3

 私の血縁はきょうだいや従姉妹も運動部に入っている人がほとんどで、中には体育大学に進んでスポーツクラブのインストラクタになるなど、まあ専門家の一人になったような者もいましたので、妹や弟の日常生活の中に野球やテニスの練習が違和感なく入り込み、大きなウェイトを占めていることをごく自然に感じていました。野球のために肩を冷やせないからと、うだるような夏の日にも決して冷房を入れようとしなかった弟・・・・テニスのために筋力をつけたいと、若い女性としてはかっこ悪くて損と思われる?ウェイトトレーニングを欠かさなかった妹。そして、体操選手として体型と体重の維持のため、昼食抜きでお昼をはさんで厳しいトレーニングを続けていた従姉妹・・・。

 これだけ多くの野球好きの野球部員の若者がいても、野球で生活できる人は全国で数百人いるかいないか、野球で有名になったり一生の生活を保証されるような人は同世代でも日本中で数人出るか出ないかでしょう。つまり、努力が報われる保証が限りなく低い、経済的利益を目的と考えるならば実に効率の低い、時間とお金とエネルギーの無駄遣いと思われるような苦労を、彼らはともかく野球が好きで身体を動かしていることがハッピーだから毎日続けているのです。

 プロの選手になるような野球選手は、みんな一般から見ればとてつもない天才です。私たちがプロの試合を見るのは、そんな天才や熟練職人の人間離れした技や、それでも人間味ののぞける一瞬を見ることが楽しみだからなのでしょうが、10代において中学や高校の野球部で甲子園やプロのグラウンドを夢見て地味な練習の日々を送っている大多数のアマチュア野球選手たち、卒業してからはたとえば家業の電気屋を継いだり会社員になって、目の肥えた観客としてプロの試合を見る、あるいは私のきょうだいたちのように、地域のアマチームに入って40代、50代まで一生ものでその競技を追求し楽しむ、といった野球好き、野球バカと言われる人たちの青春を、ちばあきおの漫画ほど丁寧にしっかりと見て描写していた作品を私は知りません。



 

(4)プレイボールー4

 ちばあきおの野球漫画では、試合の描写と同じぐらいに練習の場面、そして野球と関係ない日常生活の場面が出てきます。これ以上シンプルになりようもないほどのシンプルで素朴な絵柄には暖かみがあり、キャラクターも特に美少年や天才的な変人や不良といった誇張されたステレオタイプは出てきません。ひと昔前の東京下町によく見られたような、あるいは、近所や家族、親類の誰かれを思い出させるような、ごくありふれた容姿の、そこそこ律儀で人がよくて、遊びも好きだけれども素直でまじめな普通の少年たちが描かれています。

 ヒーロー志向の強い少年漫画では、スポーツ・アクションものでは一般に人間離れした能力と鉄の意志を持ったキャラクターが、現実離れしたものすごい技を見せてかっこよく活躍する、または、それを極限まで誇張して派手に見せ場を作る、という傾向が主流を占めていたのですが、もちろんそれはフィクションの約束ごとであって、実際に野球を深くやっている人や本当に好きな人にとっては現実とは相当離れたものに感じられたでしょう。「プレイボール」の主人公・谷口くんのありふれた平穏な、ドラマ的には退屈でつまらないとも見える日常生活の描写、ただひたすらボールを一人で投げて練習する長い描写は、ヒーロー的大活躍を期待する向きには失望を招いたかもしれません。しかし、私にとってはむしろ、試合のクライマックスシーンよりも、そういう何でもない日常のシーンの方がはるかに心に残るものでした。

 平凡な容姿でおとなしく律儀な、古風なぐらいに誠実な谷口君のキャラクターは、一般的には漫画の主人公としては地味すぎて不適格なのですが、これほどリアリティを感じ、血縁の弟かなにかのように思い入れができる野球漫画の主人公は、私には他に見つかりませんでした。単に努力家が努力を重ねて目標を達成する、という定番パターンすらも超えてしまうような現実味が感じられたのです。

 それはひとつには、彼の練習方法が、現実に弟たちがやっているものとほとんど同じであったこともあるかもしれません。巨人の星の大リーグボール養成ギプスとか、鬼コーチとか、特設の練習場とか、そういう特別な道具や環境、コーチ抜きで、うちの近所にもあったような普通の空き地で、塀にボールを何度も何度もぶつけて投球練習と守備練習をしたり、黙々とグラウンドの草むしりをしたり、ボールや用具を片付けるシーンまでちゃんと描いているところ、まさに現実の野球部の生活そのものでした。これは、ちばあきおが実際に学生時代にずっと野球部で野球をやっていたからこその現実味なのでしょうが、彼の生来の性格や漫画家としての資質もまた、華やかな表面よりも日常の黙々と営まれる地味な練習の時間や、目立たない普通の野球好きの少年たちに目が行くようなところがあったからではないかという気がします。

 
 

 

 

(5)プレイボールー5

 ちばあきおの野球漫画の特徴として、もうひとつ、ライバルらしいライバルが出て来ないことがあります。谷口君に嫉妬して妨害したり意地悪したりするような、ステレオタイプのライバル役はもちろんのこと、そもそも悪い人というのが出てこないのです。

 先輩たちも人がいいし、先輩のキャプテンは思いやりがあり、怪我をした谷口君をチームメートや他のクラブの部員までもが気づかったりします。中学で努力の末キャプテンとなり活躍した谷口君が、試合で指を怪我して野球ができなくなってしまう。高校生になって、それでも好きでたまらない野球への思いを、子供達の草野球や野球部の練習を眺めることで紛らす谷口君の寂し気な後ろ姿に心を動かされたサッカー部のキャプテンが、彼をサッカー部に誘います。

 谷口君は野球で鍛えた運動センスと持ち前の頑張りで、サッカーにも筋のよいところを見せ、サッカー部のキャプテンたちを喜ばせるのですが、家で夜一人でサッカーの練習をしている時、サッカーボールが野球のボールに見えてきて・・・谷口君は呆然としてその場に立ち尽くします。

 サッカー部のキャプテンは、サッカーをしていても野球部の練習の方を眺めていたり、心が別のところに行っている谷口君を期待しているゆえに叱るのですが、子供たちの野球のアンパイアを生き生きとやっている谷口君の姿を見て、気持ちを変えます。

 「野球部に行くといい。オレが野球部のキャプテンに頼んでやるよ」
 サッカー部のキャプテンの言葉に黙って頷く谷口君は、そのまま子供たちに呼び戻されてアンパイアを続けます。「ストライク」と、大きく右手を挙げながらコールする谷口君の肩がやがて小刻みに震え、やがてマスクの上から腕をあててうれし涙にくれる彼に、驚いた子供たちが、
「お兄ちゃんどうしたんだ。
 あの大きいお兄ちゃんたちにおこられたのか?」
 と、心配そうに集まってきて慰めようとします。
 このシーンの切なさが、今も心に焼き付いて離れません。



 



            

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