(1)火星シリーズ

 最初に読んだSFは何だったか、ちょっと思い出せません。たぶん、ハインラインあたりの宇宙人ものだったのではないかと思います。小学校3、4年ぐらいだったでしょうか。児童向け書籍のSFを能登の町の本屋さんや図書館で読み漁っていました。60年代のなかば頃のことなので、そうするとやはり主流はアメリカ50年代SF、スペースオペラ、といったところです。テレビでは手塚アニメ以前はあやつり人形劇の「宇宙少年隊長」あたりが始まっていたし、漫画でも手塚や石森章太郎、藤子不二雄あたりがしきりとSFものを描いていたので、私たちの世代ではSFに対する抵抗は全くなかったと思います。

 私個人は例によって「男の子系」の趣味の一つとして天文に興味があったものだから、星や宇宙の話はそれだけで好きだったということもあります。当時、いなか町で見つけることのできたSFの本といえば、どうしても古典的なもの、ハインライン、アイザック・アシモフ、古くはウェルズの『宇宙戦争』、バロウズの火星シリーズ、金星シリーズといった有名どころのオーソドックスな作品ばかりということになりますが・・・。能登の港町の埃っぽい図書館の片隅に座り込んで読みふけっていたバロウズの火星シリーズ・・・・。カビ臭い図書館の建物と本の匂いが懐かしく思い出されます。

 

 

(2)宇宙戦争

 ウェルズの『宇宙戦争』はSFの古典中の古典ですが、これがあまりにメジャーになっていたため、当時、宇宙人といえば火星人、火星人といえばタコ型で地球に攻めて来る悪者、とすぐ連想してしまうほど。・・・その頃から、太陽系で生物がいるとすれば火星が一番可能性がある、ということも言われていたので、最もリアリティを出しやすかったというのはあるでしょう。地球侵略型宇宙人ものとしても、その後のSFの原型としての要素がひととおり揃っていて、そんな知識なしで読み物としてただ読んでいてもスリリングで文句なしに面白い。古典たるゆえんでしょう。

 宇宙人の乗り物として、アダムスキー型のこれまたクラシックな空飛ぶ円盤が出てくるところも、タコのかたちをした宇宙人が人間を襲ってくるシーンなども、今となっては余りに素朴でシンプルながら、大変なインパクトがあったのは確か。私などは普通の人より相当にビジュアル的想像力がありすぎなので(当時は他の人もみんなそうだと信じていたおバカな子供でした)、挿し絵も何もないのに、自分の頭の中だけでそのシーンをビジュアル化してしまい、夢でうなされるほどでした。

 60年代の始め頃には、キューバ危機などもあり、大気圏内の核実験もしょっちゅう行われていたので、空から何か大きな爆弾が降ってきたり、「死の灰」なんてものが降ってくるんじゃないか、とか、ともかく空から怖い侵略者(意味は実はよくわからなかった・・・)が来るかもしれない、という潜在的恐怖感も、子供だけに却ってリアルに感じていたのかもしれません。今振り返ってみると。だから、火星人の襲来の話も、必要以上に怖く感じられたというのはあったのかも。


 

 

 

(3)バラードなど

 バロウズの火星シリーズはスペースオペラ、ヒロイックファンタジーの部類で、こっちはまた全然タイプが違った火星人が出てきていました。手が6本あったりとか、異形ながらも人間に近いルックスで、ストーリー的には火星人の王女と主人公のヒーローの恋愛話もからんだ異境冒険譚、といったおもむき。話が長大になるのはこの手のスペースオペラやファンタジーの定石どおりです。

 ひたすら怖くて冷酷なタコ型の侵略者から、友情や愛情さえ抱きあえる人間に近い火星人像への転換ですが、こちらはひとつには火星を舞台にしていたから、というのはあるでしょう。

 中学生の頃が、一番SFを読みあさっていたと思います。親しい友達が当時としては珍しい女の子のSFマニアだったからです。ハヤカワの文庫版はもちろん、ハードカバーの本さえも彼女から回ってきて片っ端から読んでいました。『銀河帝国の興亡』あたり、本格的にスペースオペラを読み込んだのもこのころ。印象に残っているのは、『オッド・ジョン』や『アトムの子ら』といったミュータントものでした。人々の好奇の目から隠れていなければいけないミュータントたちの孤独感、といったところに心を?まれたのです。

 終末テーマSFも、特にバラードのものが、イギリス・ニューウェーブとして独特のニヒリスティックな美しいイマジネーションを含んでいてインパクトが強かった覚えがあります。『結晶世界』とか、水に沈む世界、炎に包まれる終末の風景の、鳥肌の立つようなビジュアルイメージ・・・核戦争による終末ものの古典『渚にて』も忘れがたい作品でした。

(4)ソラリスの陽のもとに

 さて、SF作家のうちでも、より主流文学(この言い方はここで便宜的に用いるだけですが)に近い作風で、文章がしっかりしていて奇麗な作家、というと、バラードの他には、レイ・ブラッドベリ、スタニスワフ・レムあたりの名前がよくあがりました。レムといえばポーランド人で、本職は医者か何かで、珍しい東欧の作家ということでも有名。ロシアの映画作家タルコフスキーが映画化した『ソラリスの陽のもとに』で広く知られています。

 『ソラリス』は、惑星全体が一つの意識をもった生命体で、人間たちの心を読み無意識のイメージを現実につくり出す、という不思議な話。遠い昔に別れた恋人や家族、死別した妻などが人間たちの前に肉体を持って現れ、追憶にとらわれた人々はやがて気力を失い、惑星の生きた意識をもつ「海」に呑みこまれていく・・・底知れぬ怖さはあるのですが、哀愁を帯びたここちよさのある「海」の描写はきわめて皮膚感覚的でセンシュアルです。読み終えたあと、なんともいえず寂しくも快い、恐ろしいけれども美しい夢を見たあとのような感覚がしばらく残っていました。

 

(5)火星年代記

 火星ものの最高傑作は、やはりレイ・ブラッドベリの『火星年代記』だと私は思っています。レイ・ブラッドベリは感傷的で甘すぎるのが嫌い、というSFファンの友人たちがけっこういましたが、そういう人たちも『火星年代記』だけは完璧な作品、と評価していました。ブラッドベリの文章は詩的で透明感があり、原文で読むと更に味わいが深まります。

 『火星年代記』は、いわば未来の歴史を描いたストーリー。地球人の宇宙船が初めて火星に到着し、火星人たちにより乗組員全員が静かに抹殺される最初の歴史的事件から、やがて再び火星を訪れた地球人が次第に火星人たちと交流を深め、数を増やしていき、もともと生命力の弱まっていた火星人たちを戦争や伝染病の持ち込みなどによりやがて滅ぼしてしまい、地球人のコロニーを作る。しかしそうするうち、今度は地球に核戦争が起きて・・・・という、時間の流れに沿ったエピソードが、それぞれ独立した物語として淡々と叙情的に、時には幻想的に綴られていきます。

 表面的なストーリーは、そういった典型的SFのパターンを踏襲した仮想の未来史なのですが、基調となるテーマは地球人と火星人の異星人どうしのコミュニケーション、心の交流であるところがいかにもブラッドベリらしいところ。『火星年代記』の火星人は、高度な文明を築き、テレパシーの能力を持っていて、相手の心の願望を読んでその理想の姿に自分を変身させたりする、人間と同じような姿をしたもの静かな人々です。火星人たちが絶滅したあと、火星の砂漠をすべるように進む火星人の船に行きあった地球人は、その幻のような光景に思わず目を奪われるのですが、それはその空間に生じた時空の乱れで、地球人にとっては火星人の姿は実在でありながら幽霊と同じ。静かに心を揺さぶる追憶のように、火星人の船は砂漠を滑り消えていきます。

 火星人は地球人のことを知ろうとして学び、地球人も火星人について理解を深めますが、結局はお互いの葛藤を止めることはできず、更に、生命力を失いつつあった火星人の衰亡も自然の流れでした。ある生き残りの火星人が地球人の村に迷い込み、出会った人々の望む姿に変身してゆく。老婦人の死別した夫になったり、教会に逃げ込んだ時には牧師の望みを反映してキリストの姿になってしまう。手足から血を流し、いばらの冠をかぶった姿になった火星人を、牧師は奇跡のように喜び礼拝するのですが、火星人は、「どうかやめてくれ。こんな姿を私に望まないでくれ。このままでは死んでしまう。」と牧師に哀願します。

 相手の心を読み、相手の望みにかなうように行動したり言葉を考える、ということは、たとえば日本人には理解しやすい感性です。似通った感性を持つ日本人どうしがほとんど言葉なしで以心伝心でコミュニケーションするのを、欧米の外国人は「日本人はテレパシー能力があるみたい」と気味悪く思うことがある、と聞きました。相手の望みを先に読んで行動する、とは、「お察しする」という、古典的な日本人の作法のひとつ。現代ではあまり聞かれなくなったし、現代日本やアメリカならばまさしく「多重人格障害」などと病名をつけられるような性格が、古い日本人にはごく普通にありました。

 なぜこんなことを連想して持ち出したかというと、火星年代記で語られる仮想の未来史が、どうもアメリカの歴史のアナロジーに見えてしかたがないからです。地球人は、もちろん小説に出てくるのは全部アメリカ人が代表していますが、火星人のどこか哲学的で滅亡を見通しつつも勇敢に戦うこともある、という、スピリチュアルな性格づけも、先住民族としてのネイティブ・アメリカンを想起させるのです。ネイティブ・アメリカンは、太平洋を隔てたモンゴロイドで、人種的には日本人と近く、彼らの哲学を読んだりすると驚くほど似た感性を認めることがあります。戦いつつも、おおむね静かに、淡々と運命を受け入れていったネイティブ・アメリカンの歴史を基底に持つアメリカの歴史を透かし見るような、滅亡した先住火星人たちの遺跡の風景・・・・この読みも例によって直感にすぎないので、根拠は薄いものです。こんな感じかたもある、という一例として読み流してくださいますことを。



            

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