(1)そして目覚めるとわたしはこの肌寒い丘にいた

 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア、というSF作家がデビューしたのは1968年のこと。骨太の男性作家が登場、と、フェミニズムSF全盛であった70年代SF界では、そういう変な期待もしていた人たちがいたらしい・・・・80年代のサイバーパンク系SFにつながる、とんがったセンスが新鮮で、しかも、まるで全てを見てしまった老人のような、達観した世界観みたいなもの、一見軽くて壊れているようで、実は重厚にクラシックな文体など、他の追随を許さない個性がはっきり出ていて、マニアなファンが日本にも多く存在していました。

 『そして目覚めるとわたしはこの肌寒い丘にいた』・・・この短編が翻訳されてSFマガジンに掲載された1974年が、ティプトリーの日本における初登場の年。とある宇宙港の片隅で、初老のエンジニアが、異星人に取り憑かれたために苦難に満ちたものとなった自らの半生を語るのですが、それが彼個人の問題というだけではなく、人類全体の宿業にまでひろがっていく、という、深い絶望感の漂う作品。

 そもそもは明るい未来を疑わないアメリカの青春の感性、自らの側に正義ありという、ゆるぎのない確信をベースとした楽天的な宇宙観から始まったアメリカSFも、60年代以降、エスニックや女性など、多種多様な視点や感性が一気に導入され、こういった人生の苦みや深み、未来へのさめた視点なども読者の心に届くようになった頃です。といって、決して成熟しすぎてしぼんだわけでもなく、ベースはエネルギーあり余るぐらいの若さであることは変わらないSFの世界だったのですが・・・

 こういう、不良少年だかおじいさんだか分からない、でもやっぱりなんだかすごい作家が、実は本名アリス・シェルドンという60近いおばさん(女性)であった、という事実が判明した1977年、圧倒的多数が若い年代の男性であったSFファンの間には(日米どちら側でも)衝撃が走ったといいます。



 

(2)老いたる霊長類の星への讃歌

 ティプトリー、アリス・シェルドンは、1915年生まれ、冒険家の父と小説家の母を持ち、若くして結婚・離婚後、20代前半はグラフィックアーティストとして仕事をし、やがて空軍情報学校を女性として初めて卒業、ペンタゴンやCIAで働いていた、という、ハードボイルドな?経歴の女性でした。もちろん、同世代の女性で同様の経歴の人など、日本はもちろんアメリカにもいなかったでしょう。感覚が多少社会からの疎外感を持った若い男性と似てしまうのもある意味当然かもしれません。

 彼女が初めてSF小説を書いて採用されたのが53歳の時。それから彼女の正体が明らかになる61歳の頃まで、ずっと男性覆面作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアであり続けたのですが、日常生活では、50歳近くになってから大学に入りなおし、心理学博士号を取って大学の講師という職についていました。

 彼女が男性名をペンネームにした理由について、彼女がそれまでのキャリアにおいて、どこに行っても「女性として初めて」などと言われることにうんざりしていたからだと彼女自身が語っていたそうです。本来の自分の作品そのものを淡々と発表したいのであって、男性名であれば空気のように目立たず溶け込めるだろうと・・・・それまでの半生、男性ばかりの職場や場所で、好奇の目で見られたり、目立ちたいとも思わないのに目立ってしまい、必ずしも好意ばかりでない、むしろ敵意のこもった視線を浴び続けたことへの嫌悪感、失望が感じられます。

 

 

(3)接続された女

 「えっ? 女だったの? ウソでしょー、しかも60過ぎたばあさんかよー」と、あぜんとするSFマニアたち、9年間もだまされ続けて自信が崩れ去った批評家たち、・・・と、1977年のティプトリー・ショックは、はっきりいって局地的もいいところとはいえ、SFファンたちを震撼させた出来事でした。ファンのほとんどが、息子や孫といってさえいいような世代・・・こういうスーパー・ハードボイルドおばあちゃんが出てきたりするのも、さすがはアメリカだけのことはあります。当時のおねいさん?であった自分としては、ちょっぴり愉快・・・だったかも。

 そうなってくると、また結局は女性だということが先立って、いきなり「中年女(つまりおばさんと言いたい)、じゃないバアさんの押し付けがましさが目立つ」などと言い出すファンたちの手のひら返し、過剰反応を見ていると楽しい・・・といって、男が書いていようと不良少年だろうとおばばだろうと、ゴジラが書いていようと、面白ければ構わないじゃん、という、至極まっとうなファンの方が主流であるところが、そこはさすがに百戦錬磨(って、どんな戦いだったものか?)のSFマニアではありました。拍手を送ります。

 

 

 

 

 

 



            

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